田村元『政治家の正体』とオーラルヒストリー
田村元は中選挙区時代の三重2区選出の国会議員であった。さらに、田村元は中選挙区制下連続トップ当選連続13回の最高記録を持ち*1、通産大臣などの閣僚を経て衆議院議長を務めた人物である。
郷土出身であり、自民党のそこそこの大物であった田村元が如何なる政治家であったのか?を知りたくて、「オーラルヒストリー」と氏の著作「政治家の正体」を読んだ。
まず、オーラルヒストリーであるが、これは伊藤隆ら近代日本史料研究会が実施したものだ。伊藤隆が主としてインタビュアーをしているが、少し下調べが足りない気がした(ex「政治家の正体」すら読んでいないまま開始されていたり、娘婿が郵政選挙で代議士になっていたことを知らなかったり・・。最もこういう態度が中身を引き出す作戦なのかもしれないが)。
肝心の内容は、建設政務次官の時に伊勢湾台風やチリ津波の後始末をやって選挙に強くなった(特に海岸線)とか、数少ない灯台族・下水道族議員であったこととか、いろいろなことが書いてある。
中でも、田中角栄内閣の時に労働大臣をしていたそうだが、閣議で元旦からのバス・電車の値上げの話が総理から出た時に、「お年玉に値上げということがありますか」「反庶民的」だと言って反対した。そうしたら、当時官房長官の二階堂進が、全会一致原則の閣議で総理の発議に反対は許されないから罷免か辞職だ言う。これに対し、田村は「罷免してもらおうじゃないか」と応じた。結局、総理が間に入って、元旦実施は引き延ばされることになったらしい。
閣議というと、民主党政権になって廃止された事務次官会議で決まったことを閣僚が花押かなにか押して認めるだけの儀式だと思っていたが、こうやって修正されることもあるんだなと思った。(別のところで田村本人も「閣議なんてまったくの形式」と述べている。)
次に、「政治家の正体」である。以下、気になった点を自分なりにまとめて記す。
・田村元が建設委員会の理事だったとき、委員会が開かれないことがあった。建設委員長が委員会を開かなかったのである。それは、この委員長と選挙区が同じある代議士に当時の建設政務次官がその選挙区の予算の箇所付けを、委員長が知る前に教えたことにカンカンに怒ったからである。建設委員長というポストで、早く建設関係予算を知って、俺がつけてやったと地元で宣伝することで、票が集まる。この絶好の機会を建設政務次官の安易な行いによって奪われた。だから、委員長はカンカンになって、委員会を開かずに、建設省を苛めたのである。(委員会が開かれないと、法案が通らないのである)
・大臣になるとカネが集まるという風なイメージが巷にあるような気がする。しかし、田村元が通産大臣を務めたときは大損したらしい。なぜカネが要ったかというと、例えば大臣が海外出張するときに若手官僚もお供として同行し、一流ホテルに泊まるが、官僚にはそれほど高い宿泊費は認められておらず、差額は官僚の持ち出しになる。そこで、田村大臣がその額をポケットマネーで補填してやったのだ。こういうようなことでカネが嵩み、選挙用の政治資金や株を売って捻出したのである。
2010年1月2日土曜日
2010年1月1日金曜日
ルポ「地方政治家」
長沼石根『地方政治家』
収賄事件の執行猶予中に町長に返り咲いた者、市民の冠婚葬祭に全て出席する市長、10期も町長を務めた女性首長、8期連続無投票当選した町長(森喜朗の父親)、5000人もの後援会会員を旅行に連れて行く県議、大学在学中に選挙に出てTシャツにGパンで議会に出席する市議などなど。個性的な地方政治家(首長、地方議会議員)の姿を描いたルポタージュである。出版が1983年とかなり古いので、地方政治家の「今」を知るには、相応しくないかもしれないが、読み物としては大変おもしろかった。
森パパの「(自民)党員であることの誇りはない。(中略)しかし、しがない町長としては、自民党に土下座して頼まねばならないことがいっぱいある。やむ得ざる自民党員なんです*1」という発言には、威勢を誇ったかの党の地方への底堅さを思い起こさせる。
10期務めた松野友町長の8選目、県で唯一の反知事派だったために、県政界をバックに助役が突如立候補した。松野氏は、この助役に後事を託そうとも思っていたが、裏切りを感じ「意地で立候補」し当選したという。県というか知事の介入ってのは、恐ろしいと感じた。
地方政治や地方政治家の動向は何か事件を起こさない限り全国紙には取り上げられないし、地域版や地方紙でも議会活動などの日々の活動を取り上げた記事は少ない。しかし、我々の選んだ政治家は何も国会議員に限られず、名前も知らない地元自治体の議員たちや首長も、住民を代表する政治家なのである。
当選最低得票が少ないという意味で住民にとって一番身近な政治家は市町村議会議員であるが、政令指定都市の市議と人口数千人の村の議員さんでは、その近さも党派性も有権者が求める機能も、かなり違うと思うが、その差が政策のアウトプットにどう影響するのかが気になった(首長も同じだが)。
ちなみに、Tシャツで議会に出ていた市議は、立派なスーツを着て市長としてHPに載っていました。
収賄事件の執行猶予中に町長に返り咲いた者、市民の冠婚葬祭に全て出席する市長、10期も町長を務めた女性首長、8期連続無投票当選した町長(森喜朗の父親)、5000人もの後援会会員を旅行に連れて行く県議、大学在学中に選挙に出てTシャツにGパンで議会に出席する市議などなど。個性的な地方政治家(首長、地方議会議員)の姿を描いたルポタージュである。出版が1983年とかなり古いので、地方政治家の「今」を知るには、相応しくないかもしれないが、読み物としては大変おもしろかった。
森パパの「(自民)党員であることの誇りはない。(中略)しかし、しがない町長としては、自民党に土下座して頼まねばならないことがいっぱいある。やむ得ざる自民党員なんです*1」という発言には、威勢を誇ったかの党の地方への底堅さを思い起こさせる。
10期務めた松野友町長の8選目、県で唯一の反知事派だったために、県政界をバックに助役が突如立候補した。松野氏は、この助役に後事を託そうとも思っていたが、裏切りを感じ「意地で立候補」し当選したという。県というか知事の介入ってのは、恐ろしいと感じた。
地方政治や地方政治家の動向は何か事件を起こさない限り全国紙には取り上げられないし、地域版や地方紙でも議会活動などの日々の活動を取り上げた記事は少ない。しかし、我々の選んだ政治家は何も国会議員に限られず、名前も知らない地元自治体の議員たちや首長も、住民を代表する政治家なのである。
当選最低得票が少ないという意味で住民にとって一番身近な政治家は市町村議会議員であるが、政令指定都市の市議と人口数千人の村の議員さんでは、その近さも党派性も有権者が求める機能も、かなり違うと思うが、その差が政策のアウトプットにどう影響するのかが気になった(首長も同じだが)。
ちなみに、Tシャツで議会に出ていた市議は、立派なスーツを着て市長としてHPに載っていました。
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